2017/03/06

チョベッ/Cobek


チョベッとウレカン Bandung_West Java, 2017

石と石があたる音が集落の台所から聞こえて来ると、ああ食事の用意をしているんだなあと思います。

チョベッ/Cobek。
石(もしくはセメント)で作られた、スパイスをすりつぶしたりする平たい鉢のことを、こう呼びます。
日本でも、石皿と磨石という木の実等の粉砕のために使われた道具がありましたね。縄文期でしたっけ。
原始的でシンプルな形のこの道具、インドネシア各家庭に必ずあると言っていいほど、必須のものなのです。
調味料をすり潰すのに、サンバルを作るのに、チョベッがないと始まりません。

チョベッとウレカン Bandung_West Java, 2017

街の高級スーパーから伝統的な市場、集落の中のちょっとしたキオス、どこででも売られています。
そのくらい、どこの家庭にとっても必需品、ということなのでしょうね。

鉢のチョベッに対し、押しつぶす側の道具をウレカン/Ulekanと呼び、この2つで1セット。
ウレカンはハンドル型のものもあれば、握りしめるようにして使う丸石型のもあります。
スパイスや唐辛子などをチョベッに置いたら、ウレカンですり潰すようにして滑らかにしていきます。

チョベッとウレカン Bandung_West Java, 2017

今では、ブレンダーやフードプロセッサーで代用という場合もあります。
ただ、厳密には、細かく粉砕するのとすり潰すのでは、微妙に違うんですよね。
ブレンダーで細かくして最後にチョベッとウレカンで滑らかに仕上げる、というのをよく聞きます。
わたしもだいたいその手法です。

チョベッとウレカンでピーナッツソースを作る  Bandung_West Java, 2017

ウレカンは写真のような木製のものもあります。
好みだと思いますが、わたしは重量感がある石の方が使いやすい気がします。

ルンパン Bandung_West Java, 2017

同じ用途の道具で、ルンパン/Lumpangというのがあります。
チョベッより鉢がずっと深くなり、ウレカンはまっすぐな形に。
石皿というより、小型の臼のようなルンパン。
慣れないと手首使いが難しいチョベッに対して、潰すという作業はルンパンの方が簡単です。
ただ、チョベッに比べると見かけることが少ない気がします。
わたしはこのルンパンが好きなので、わが家では大小そろえて使っています。

さて、せっかくなので、
潰すという話しのついでに、インドネシア各地で見かけた「潰す」道具をご紹介。

まずは、東ヌサトゥンガラ州フローレスのシッカ地方で見た木製の「潰す」道具です。

つき臼作業  Flores_East Nusa Tenggara, 2016
いわゆる「つき臼」ですね。
木製の臼に長い木の棒状の杵をトントンと落として使います。
長く太い杵を用いるため、自重で中のものを潰すことができるのです。

場合に寄っては、2-3人で一つの臼に杵を落とすこともあり、当然その方が早く仕上がります。
リズムが狂うとぶつかっちゃうんですけどね。

つき臼作業 Flores_East Nusa Tenggara, 2016

この時は、染料となる植物を潰していました。

この木製のつき臼と長い棒状の杵という組み合わせは、何も東ヌサトゥンガラに限ったものではなく、
インドネシア各地、そして世界各国で今でも使われている道具です。
↓の写真は、スラウェシのバジャウ人という海洋民族の集落で見かけたものです。

つき臼作業 Wakatobi_South East Sulawesi, 2015 

また、つき臼の利用としてアジア地域で最も一般的ではないかと思われるのは、米の脱穀作業。
インドネシアでも脱穀作業は機械化が進んではいますが、場所に寄っては現役で使われているのを目にします。
こちらは、インドネシア有数の米どころでもある西ジャワ州にある、
カンプンナガという伝統的生活を維持している村で使われていたもの。

籾すり Kampung Naga_West Java, 2016

舟形の臼と長い棒状の杵のこの用具はレスン/Lesungと呼ばれています。
長方形の箱形の部分で脱穀(籾と藁に分ける作業)をし、
奥の丸いくぼみ側で籾すり(米と籾殻に分ける作業)作業を行います。
大きなもののため、各家庭にある道具ではなく、集落で共有するのが一般的なようでした。

籾すり Kampung Naga_West Java, 2016

丸いくぼみが並んだ形のものもありました。

重さ4-6キロといわれるこの杵、まっすぐ落とすにもコツがいるため、
わたしなど、ほんの十数回持ち上げて落としてをしただけで腕が痛くなりました。
力作業に思えるのですが、これは女性の仕事。
トントンと搗いた米をこの後ザルにあけて煽り、米から離れた籾殻を飛ばしていきます。

籾すり Kampung Naga_West Java, 2016

このレスンによる脱穀は、インドネシアの稲作地域、特にジャワ島では広く使われていたようです。
トントンと搗く単調な作業。こういう作業には歌がつきがち。
中部ジャワでゴジレック/Gojlek、西ジャワ州バンテンでベンドロン/Bendorongと呼ばれるのは、
このレスンを搗きながら歌を歌う習慣です。
農耕地域では、収穫作業を儀式化して土地の恵みに感謝を表す場合が多々見られますが、これも同類ですね。

籾すり Kampung Naga_West Java, 2016

各集落ごとに持っているレスン、大きさや木の状態などそれぞれに異なるため、
杵で搗く作業で発する音に違いが出てきます。
その搗く音だけで、どこの地区で米を脱穀しているのか分かるようになるほどだったとか。
歌を歌いながら米を搗く行為がやがて、収穫の豊かさ、土地の肥沃さを示すものとなり、
地域で行われる儀礼の際に(実際の脱穀作業としてではなく)このレスンを搗く場合があったのだそう。

わたしが実際目にしたのは、ジャワではなく、
スラウェシで、同じく稲作が盛んなタナトラジャの葬儀の際でした。

葬儀におけるレスン Tana Toraja_Sulawesi, 2011

この時は、これが何なのか分からずに写真を撮っていたので、
肝心のレスンが写っているのが一枚もないのが、非常に残念で悔やまれるのですが、
複数人の女性たちがリズムを合わせてレスンを打ち、歌を歌います。
同じ稲作地域とはいえ、それぞれで独自発生した文化とは思えないので、
おそらくはジャワのものがトラジャに伝播したのではないかと思うのですが、どうなんでしょうね。

さて、つき臼のバリエーションとして最後にもうひとつ。

フローレスのマンガライ地方の山中にある伝統集落を訪れた際に見かけたこのつき臼、
コーヒーを挽くのに使われていたものです。

コーヒー挽き Flores_East Nusa Tenggara, 2016

臼の方はセメントでしょうか。
この小さな穴に杵を落として煎ったコーヒー豆を粉にしていきます。

コーヒー挽き Flores_East Nusa Tenggara, 2016

やってみたら、コントロール難しいんです。穴のふちにあたっちゃったりして。

挽きあがりは、細かな粉末。

集落の周辺で栽培したコーヒー豆を、家の前で乾燥させ、家屋内の囲炉裏で煎って、つき臼でグラインドする。
完全自家製のコーヒーでした。

コーヒー挽き Flores_East Nusa Tenggara, 2016

ということで、最初のチョベッからだいぶそれてしまいましたが、インドネシアの「潰す」道具のお話でした。

最後に、記事内で言及した地域を地図にのせておきますね。

黄:カンプンナガ、紫:フローレス島(マンガライ地方)、
オレンジ:フローレス島(シッカ地方)、青:タナトラジャ、緑:ワカトビ



0 件のコメント:

コメントを投稿